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無理にポジティブでいる必要はない。影の部分とどう上手く付き合えるか。

考察・コラム・エッセイ・人生論

 

ヤーマン!どうもどうも。
ごきげんよう。スグル(@soogle01)です。


仲の良い友人がですね、こんなこと言ってました。


「皆、光を意識し過ぎ。影の部分をどう伸ばしていくかが大事」


うん、とっても大切なことですね。
ちょっとぼくなりの解釈で掘り下げていってみたいと思います。

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光と影


まぁ、影でも陰でもどちらでもいいですが。
光と影でも、陰と陽でもどちらでもいいですが。

光があるからこそ、影が出来ますね。
人も同様、とっても明るくてエネルギッシュなひとほど、壮絶な過去を持っていたりします。

一見、ただただ明るいだけの陽気なひとに見えるかもしれませんが、暗い過去を持ち合せていたりするもんです。

 

暗さがあるから、明るさも引き立ちます。
この相互関係は、まさに陰と陽という言葉がある通り、切っても切れないもの。

光ばかりに目を向けない


ポジティブにいくための言葉や本、思考法などは世に溢れかえってますが、そんなに光の部分ばかりに目を向けてても、長続きはしません。

無理にポジティブを装っても、効果があるのは一時的なものです。

例えば、

・ディズニーなどのアミューズメントパークにいく

・お買い物する

・運動して発散する

・ポジティブなひとに元気をもらいにいく

上記は全部、「光」であり、「陽」の部分にフォーカスしてます。

もちろん、これがダメなのではなく、良い方向に向かう場合もたくさんあります。
友人に相談したり、楽しいことに飛びついたりすることで元気になれたり、経験あると思います。

ただ、自分の根本的な「闇」であり、「影」の部分に着目していくひとはあまりいないように感じます。

影を知り、自分を知る


大多数の方々がフォーカスしてるのは、「光・陽」の部分。
よく聞く解消法はほとんど「ポジティブ」に焦点を当てているものばかり。

実は自分の闇であり影の部分に対峙して、見つめていくことはかなり重要なことなんです。

辛くてしょうがないときに、「一体何に悩んでるんだろう」「本当はどうしたいんだろう」「なぜこれがぼくを打ちのめすのだろう」

と、闇の部分をしっかり見つめることです。
そうすることにより、

・実は自分はこういうのが好き(嫌い)な人間だった

・無理にポジティブにいくのが全く向いてなかった

・悩みを悩みと捉える、自分の根本の部分がわかった

・実は、自分の根本はネガティブだった

という風に、落ち着いた状態で自分を俯瞰(ふかん)できるようになります。
俯瞰できるようになると、「あぁちょっとしんどくなるぞこれは」とか、「今は自分をゆっくり見つめて、峠を超えるのを待とう」だったり、コントロールできるようになってきます。

スマートフォンの画面を暗くしたら、バッテリーの持ちが断然良くなった。俺も無理に明るく振る舞うのはもうやめよう。 -劇団ひとり

 
この素晴らしい名言があるように、無理に明るく振る舞っても、消耗するだけです。

本当は病んでる自分がふと出てきた瞬間に、途方もない悲壮感に襲われます。

影の部分とどう向き合うかは、ひとそれぞれ様々な形がありますが、まずは無理にポジティブな方への手段に奔らないことが重要です。

例えばぼくの場合だと、「愚痴や人の非難、ネガティブなことを言わない人間」を理想としているのですが、全くそういったことを無理にやめると、なんだか胸が詰まってきて元気(活力)がなくなってくるように感じました。

それに気付いて、「ちょっとは出そう」とコントロールするようになりました。
今はバランスが良い具合かなといったところです。

闇、影の部分を持つ自分を知り、自分にバランスがあることを知りましょう。
結局のところ、どんな状態でも自分を愛せるひとが一番しなやかで強いです。

光・陽を意識する手段は多々ありますが、大切なのは影を意識すること。
ポジティブではなく、ナチュラルポジティブになれるといいですね。

自然体が一番。


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